ちゃんと考えてる企業とそうでない(?)企業

任天堂のHPに連載中の「社長が訊く Wiiプロジェクト」ってありますよね。最初は見てたけど最近は気にしてない、って人も居ると思いますが、今連載中の「Wiiチャンネル編」は是非見て頂きたいと思います(ここ)。
私としては特に第3回の「Wii伝言板」のお話を読んで欲しいですね。以下ちょっと長いけど引用。

●「この機能って、ふつうに考えたらたぶん、「伝言板」じゃなくて「メール」っていう方向にいくと思うんですよ。それをあえて「伝言板」の方向で進めたのはなぜなんでしょう。」
★「あの、初めて「Wii伝言板」を見た人からよく言われることで、「家族の中の誰宛、っていうふうにできないんですか?」っていう意見があるんですね。つまり、個人個人の伝言板が持てたほうがいいんじゃないかと。しかし、この機能の根底にある思想としては、個人の携帯電話に直接他人から連絡が入るというよりは、家庭のポストの中にハガキが何枚か、ぱらぱらと届いているようなものに近いんです。で、ポストをパッと開けると、何通入っているかすぐわかって、ハガキを見ると、「あ、父ちゃんにだ」っていう。」
★「そういうコミュニケーションのきっかけって、あると思うんです。ポストから居間にハガキを持って行くあいだに何気なく読んだら、それが父親宛の同窓会の知らせだったりして、「ああ、父ちゃんも学生時代があったんだな」って思えたり。もちろん、内部でもそうとう議論を重ねたんです。友だちからのメッセージが、家族に見えちゃうのってどうなのかとか。でも、やっぱり、目指す方向はメールじゃない。Wii全体のコンセプトを考えても、個人が占有する閉ざされたスペースがあるのは、なにか違うな、という気がしたんです。」
●「ですから、考えれば考えるほど、結論はひとつで、やはりWiiは家族のパブリックスペースなんです。」

上記の●はいわっちの発言で★は玉樹氏の発言。掲示板ひとつとっても非常に考え抜かれていると感じます。みんなが楽しむゲーム機だから伝言版をつけちゃえ、ってな安直な気持ちだとこういう例え話は出てこないでしょう。メール機能にすることも考えて、考えたけどやっぱり違う。家族のコミュニケーションを大切にするにはどういう機能にするべきなのか、そして伝言版にした時にどういうことが起こるのか、ちゃんと社内で議論してシミュレーションされていることが伺えます。長いですけどさらに引用。今度は「ゲームをやった履歴が残る機能」について。

◆「Wiiでは、いつ、どのゲームをどのくらいプレイしたかという「プレイ履歴」が本体に自動的に記録されていきます。 ・・・ 議論になったのは、この「プレイ履歴」が消せないということです。」
●「親がゲームを「1日1時間」と決めたら、ゲームを始めて1時間後に、ほんとうに電源が切れてしまうという仕様はどうだろうかと思ったんです。」
◆「けっきょく、その議論から生まれてきたものがどの時間をどれだけプレイしたかがみんなにわかるという「プレイ履歴」だったんです。「ゲームは1日1時間」という約束を守るために強制的に電源が切れてしまうよりも、「プレイ履歴」による親子のやりとりを通じて約束を守る流れができるほうがずっと魅力的だということになったんですね。」

上記の◆は黒梅氏の発言。●は同じくいわっちです。いわっちの暴言(親が決めた時間経つと自動的に電源が切れるゲーム機はどうか)に対して、「それは技術的に出来ません」で終らずに、「それよりも「消せないプレイ履歴」にした方が親子のやりとりが増えていい」っていう発想に至るのがスバラシイ。

私は親子に限らず人と人との関係は「会話」、というかもう少し正確に言うと「自分の考えを相手に伝えて折り合いを見つけること」によって成り立つもんだと思ってますが、これはまさにその典型例です。親がタイマーをセットして自動的に電源が切れるまで子供が遊ぶ。電源が切れたら寝る。これじゃ親の要求は満たされるけどそこに建設的な会話(なぜ親は遊ぶ時間を制限したいと思うのか。なぜ子供はもっと遊びたいと思うのかという想いをお互いにぶつけて納得する答えを親子で見つけるための会話)は存在しないでしょう。子供は親の真意なんか理解することなく、ただ設定時間が来たから諦めるだけです。しかし「消せないプレイ履歴」なら状況は違います。何時間遊んでも勝手に切れることはありませんが、親は子供の遊んだ時間を確実に把握することが出来る。決めた時間を越えていればそこで「会話」が発生します。意見の相違を機械に解決させるのではなく親子の会話によって解決させる。そのための取っ掛りは提供する。これぞ家族のコミュニケーションツールです。任天堂はそこまで考えてるのか、と唸ってしまいました。

一方、先日電撃的に値下げ発表を行ったPS3ですがPC Watchにかなり手厳しいことを書かれています(ここ)。もともとゲーム機のビジネスモデルからの脱却を目指していたPS3ですが、結局のところ世間に対してPS3を「非ゲーム機」としてアピールすることが出来ずに戦略の転換をせざるを得なくなりました。PS3発表から数年、少なくとも映像デモがお披露目された約1.5年前ぐらい(?)から今までの間で、SCEはどれだけPS3が「非ゲーム機」であるというアピールをしてこれたでしょうか。PS3を売る上で本来最も大事な戦略だったハズなのに、実際にはインタビューや講演でクタラギ氏がしゃべるうわべだけの言葉に終始してしまったように思います。夢や理想を語るだけで具体的な方策が出てこない。これは先日のTGS基調講演の内容で感じた違和感と同じですね。

一生懸命に考えて考え抜いてゲーム機を作っているように見える企業と、言葉だけで実際の行動が伴っていないように見える企業が作った「ゲーム機」。思えばPSPも対応がいつも後手後手で、せっかくの機能を充分に生かせないままDSに差を開けられてしまいました(ブラウザ搭載の遅れ、度重なるファームウェアの更新とセキュリティホール、通信対戦を生かしたゲームのインフラ整備の遅れ、ライトユーザ取り込み戦略の欠如など)。私はWiiとPS3でもこの違いは発売後に決定的な差となって表れてくるのではないかと思ってます。
ちょっとSCEに厳しすぎますかね? でもそれぐらいPS3は危機的なんじゃないかな?と思ってます。ただLinuxを載せただけで後は勝手にオープンプラットフォーム環境が整備されていって益々PS3が魅力的になって~~~なんて絵空事ですよ。世の中そんなに甘くないと思います。エライ人にはそれが判らんのです。
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by nintendods | 2006-09-27 01:29 | IMPRESSION
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